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子供3人を東大理3(医学部)に入れた佐藤ママが話題

「灘→東大理III」の3兄弟を育てた母の秀才の育て方

 

息子3人を東大理3に入れた佐藤ママの英才教育が議論を起こしていますよね。
芸能人ママの福田萌さんとフィフィさん、つちやかおりさんがテレビ番組(バイキング)で白熱議論していました。

佐藤ママの「靴下も親がはかせる子育て法」が議論を呼ぶ

子供を起こすために親が靴下を履かせる、「自分で靴下を履かせる時間が子供にとってもったいない」というほどの受験一本の教育方法、子育てですね、がどうなのか??ということで議論を起こしています。

スーパー教育ママの佐藤亮子さん

スーパー教育ママの佐藤亮子さんです。

 

奈良県の方ですが、子供三人を関西では間違いなくトップの難関受験校、灘中から東大理3(医学部)に送り込んだ教育ママとしてんお実績はすごいと思います。(育児としてみるといろいろ議論はありますが)

 

やっぱり子供はとても大事ですけれども、なかなか共働きが多い、現代のご家庭事情によって育児に全部の時間をさけないと言うのは現実的にあると思いますので、すべてのお母さんに参考になるとは言えませんが、

 

明確に目標を立てて、その目標を実現する方法を考えて、実践する

 

というシンプルな考え方と、徹底した行動力は親子ともに見習っていっても良いと思います。

宿題代行サービスはあり?

宿題代行サービスっていうのがありますよね?
なんとアンケート調査では、「子供の夏休みの宿題を親が手伝ったことがある」という親が77%もいるということです。

 

子供の夏休みの宿題について、佐藤ママは、

「受験勉強に役立つものは子供にやらせて、それ以外は親が手伝う」

ということでした。

「子供の字を真似るためにわざわざ左手で書いている」

と言うことです。

「最初の1〜2ページと最後の2〜3ページは子供に書かせて、その間は佐藤ママが書いていた。

そうしておけば全然バレない」


と言うことです。汗

 

ま、確かに日本の特に小学校の夏休みの宿題って、ちょっと根性論というか子供じみているものが多いので、「これやる意味あるの?」って冷静かつ真剣に見れば、そういう判断をするのもまぁアリかなと思います。

 

まぁ、そもそもですが、そんなしょうもない宿題を出させる学校に、そんなに大事な子供を行かせるのもどうかなぁ?と言う気がしないでもないです。

1つの目的に向かって、いかに最短距離でたどり着くかという効率を重視

佐藤ママとしては、

1つの目的に向かって、「いかに最短距離で行くか」という効率をかなり重視している

ということです。

 

ちなみに「効率効率」と言う佐藤ママですが、お惣菜とか買ってくるわけではない、ということらしいです。

 

効率効率、というのは、「子供に関する事に集中している」んですよね。

 

確かに「子供四人しっかり育てる」となると、「四人中一人は子育てや教育に失敗したけど、全体では75パーセントうまく行ったからいいか?」って評価しても、当の一人一人の子供から見たら、「え?『失敗』って何やねん?」ってなっちゃいますからね。

履歴書を手書きで書くのは意味ある?就活の疑問

日本では、履歴書を結構手書きで書くというのが多いですよね。

 

完全に根性論だけなので、海外ではちょっとありえない話(笑)なんですが、以前、厚切りジェイソンさん(お笑い芸人ですが、アメリカでは理系で優秀な大学を卒業され、日本でもIT企業の役員を務めています)がこの手書きの履歴書の話を取り上げて話題になりました。

 

特に日本の企業とか会社では、「言われたことを言われた通りできるかどうか」っていうのを

  • 正確性
  • 従順性
  • 協調性

などと併せて、かなり重視して見られる風潮があります。

 

そのため、例えば、会社とか学校から言われたことをすべて「そんなの効率悪いから無駄じゃん」て言えるか?っていうと、現実的にちょっと厳しいですよね。

 

でも、「手書き履歴書」を要求する企業が、表向き・マスコミや求人誌向けには「自主制や独自性のある人材を求めている」なんて、言っているのも「完全な二枚舌」というより、悪趣味な笑い話にしかならないと思うんですけどね。

 

就職活動の際には、そういう「自分の効率基準や価値基準にあった企業を選ぶ」方が、双方納得できて、丸くおさまると思います。

佐藤ママは自分の子育てや教育法を他人に勧めているわけではない

佐藤亮子さん(佐藤ママ)は

「自分がやった方法を紹介しただけで、自分の子育てや教育法が、育児や教育の王道だと言うつもりはない」

と言うことです。

 

実際、佐藤ママのお話は、

「私はこう考えて、こうして、結果、子供が自然に勉強の習慣がついて、三人が東大理三に入りましたよ」

という語り口で、他の人の育児や教育方法を否定したり、口出しする、押し付けがましい感じは無いんですよね。

 

(言い方では損してると思いますが)

勉強だけが教育か?倫理感は?

「子供の宿題を親が手伝う」と言うのは、倫理的な話で言えば、

 

「宿題が無駄だ」と言うんだったら、それを学校に言って、

  • 「うちは塾で忙しいのでこんな無駄なものをやる時間がありません!」て言って、白紙で提出するとか、
  • 「宿題として受験の役に立つもの出してくれ」っていうふうに、学校と交渉するとか、

そういうことも面倒ですが、「筋を通す」という意味では必要かなと思います。

 

そういうのも大事な教育ですからねぇ。

 

逆に、佐藤ママの場合は、そういう「日本の教育制度や現場の問題を指摘したり、解決法を考える、提言する」っていうところが無いので、バッシングを受けるんでしょうね。

 

見ようによっては、「社会の問題は放置して、自分の子供だけ良ければ」、と見みられかねないのて、その点では佐藤亮子さんは損なキャラクターだなぁと思います。

効率重視も大事だが、「効率だけ」では。。

佐藤ママは「効率効率」と言っていますが、そういう「効率だけ」の価値観とか倫理観を子供が覚えてしまう、というのはちょっと怖いと思います。

芸能人と教育を議論しても噛み合わない

それにしても、こういう教育や子育ての議論をテレビ(バラエティー番組)でやるとたいてい厳しいですよね??

 

やっぱり、子供をお医者さんに育てるのと、芸能人として成功していくのとだと、「人付き合いの仕方」っていうのもだいぶ変わってきますよね?

 

よく「コネ」って言いますが、芸能界で長くやってる人には、人付き合いとかコネクションてとても大事なので、「短期的な視点や利害・損得だけで見る効率」だけでやっていくと、絶対長続きしない、というのが、まぁ、芸能界の現実です。

 

なので、こういう(人口の1%にも満たない特殊な世界にいる)芸能人たちと、教育問題の議論をさせるのは、あまり意味がないかな?と思うので、もうちょっと普通の母親と討論してもらった方が良かったかなと思います。

テレビをリビングに置かず、テレビを見るのを規制

なんと佐藤ママ宅のリビングには、テレビがないと言うことです。

普段子供が行かない二階にテレビを上げてしまって、しかもそのテレビ部屋にはエアコンはつけていない

「夏は暑くて冬は寒い」と言う、まったくリラックスしにくい環境で、ダラダラと関係ないテレビを見させないため


、ということです。きっと佐藤ママも普段はテレビを全然見ない方なんでしょうね。

テレビを自分で消すのは難しい、という現実

まぁ実際、子供がテレビを見過ぎて、「成績が上がらないのはテレビを見過ぎなせいかもしれないなぁ」って気づいて、自分で判断してテレビを見るのは少なくして、勉強しようと思った頃には、大抵遅い、遅すぎるって言うのは現実としてありますよね。

 

それぐらい「見てるだけで簡単に時間を使ってしまう」のがテレビの怖さです。

 

「全部が全部くだらない」とは言いませんが、テレビを見ている時間の20%以上がCMやスポンサーの企画した広告のようなものだと考えると、テレビを見る=企業活動に巻き込まれてるだけ、と思えなくもありません。

 

まぁそういう意味では、佐藤ママのように、

  • テレビを見る部屋に移動して、
  • テレビを見ること自体をイベント化してしまって、
  • 基本的にはテレビを見せない

と言うのは、多くの親御さんが悩む子供のテレビ制限を自然にやる良い方法だと思います。

テレビを見る時間を子供が自分で決めて、自分でコントロールできるようになるのが理想だけど

また、子供に「今テレビを見る見ないかを判断させるとか、テレビを見る時間制限を自分で決めさせて、実践させる」というのはとても大事だと思いますし、それが理想形である事は佐藤ママも認めています。

 

しかし、子供が四人もいたらテレビ番組なんかを管理させると言うのは、なかなか難しいと思います。

 

昔はテレビが一家に1台でしたので、いろんな家族が見たい番組を、交渉や妥協などで調整させる力と言うのも結構鍛えられましたよね?

 

「今日は誰々の見たい番組を見るけど、その代わり、明日は誰々の番組を見よう」みたいな調整能力ですよね。

テレビとゲームと漫画は規制

佐藤ママは、「テレビとゲームと漫画は規制している(特に12歳まで)」と言うことです。

 

でも、子供が夢を持って、自分で将来の目標を決めるきっかけになるのに、テレビ番組を見て「こんな風になりたい」「こんな仕事がしてみたい!」と思った、という事は結構多いですよね?

 

テレビにも「テレビを通じていろんな社会を見る」と言う仮想体験の価値というのは、あるんじゃないかなと思います。

 

佐藤ママも、「12歳からは子供はテレビを見てもいい」、というふうにしているということです。

テレビをつけるのは簡単だけどテレビを消すのは難しい

と佐藤ママはおっしゃっています。
そういう魔力みたいなのはテレビには確かにありますよね?

 

もちろん、「面白い興味があるテレビを見て、つまんない番組だったら消す」という判断力をつけると言うのも、結構大事かなと思います。

世の中の流れは新聞で十分つかめる

「世の中の流れというのは、基本的に新聞で十分つかめる」と言うのが佐藤ママのご意見です。

 

事実関係は新聞などの方が効率よく、把握できますよね。

 

確かに「テレビで見れる衝撃的な映像」と言うのもありますが、どうしても見ないといけないようなのは、まぁ正直、ほんの1%分もうないような気がします。

スポーツ系の部活はプロになれないならほどほどに

佐藤ママは、

部活で頑張るのはいいけれども、プロになるわけでもないのに、部活だけで学校生活を全て終わらせるというのは危険

とも、言っています。

 

「その後自活していけるのか?」という事では危険があるんじゃないかと言うことです。
「時々、遠征して、試合があるというような日に一日費やす」のはいいが、そうでもないのに「年がら年中、朝から朝練に出て、放課後も運動をして、もう帰ってきてクタクタで全く勉強ができない」っていうのはどうなんだろう??ということです。

育児のゴールは子供の自活・経済力?

佐藤ママは「子供の将来とか子育てのゴールというのは、保護者である親がいなくなっても子供が自活できること」というのことだそうです。ちょっと夢がないよなぁ、という気がしますし、いい大学ー>大企業に就職ー>永年雇用という流れも完全に破綻している現代では、意外と古風な考え方とも言えます。

 

今、社会で成功してる人って、「学生時代は勉強してなくてスポーツばっかりやっていて、その時に悔しい思いをしたとか、なにくそっていう根性を身に付けた」と言う人は実際かなり多いですよね。

プロになれない=無駄なのか?

スポーツ競技者の中でプロで食えている人って10%もいないと思うんですが、

 

「じゃあ、プロ以外の90%の人たちは今食えてないのか??」っていうと、そんなことはないですよね(笑)

 

普通に就職して、幸せな家庭を築いている人がほとんどなんですから。

 

プロスポーツ選手になれないからと言って、部活で体を鍛えたり、友情を育んだりするのは決して無駄とは言えないですよね?
あくまで「受験」のような明確な目標があるかどうか?ってところだと思います。

 

 

偏差値至上主義はあり?

センター試験廃止が廃止される?

2020年には文科省がセンター試験廃止を検討されているそうです。
なんでコロコロ変えるんでしょうね?

鉛筆と消しゴムだけで世の中を勝ち上がれる数少ない世界

偏差値至上主義について、佐藤ママはアリだと言うことです。

「鉛筆と消しゴムだけで世の中を勝ち上がれる数少ない世界だ

と言う事です。

 

スポーツだと、体格とか持つて生まれたものに左右される部分って、結構あると思うんですけど、勉強に関しては、確かに「頑張れば誰でも何とかできるもの」なんじゃないかと思います。

 

まぁ、正直あの運動会とかで「順位は決めないで、全員一位!」みたいなのは、現実の社会に出たらまったく通用しない話だよなぁ、というのはあります。

 

偏差値市場主義と言うのは、大学に入る前、入試の時だけというのに関しては悪くないと思いますが、その後の人間性とか、、いろんな人間的な総合力がないと上手に社会では生き残っていけないと言うのはありますよね。

人間力や対人力は必要だけど、17歳で面接をソツなく乗り切るのも簡単ではない

とは言え、17歳とか18歳で、面接などをソツなく乗り切れる力がある人って必ずしも多くないですよね。小学校のお受験対策みたいなのも、しょうもないですし。

 

逆にそういう対人力って、社会に出てから身につける人の方が多いと思うので、大学入試に関しては、偏差値とか入試一本でやると言う「割り切り」もいいんじゃないかなと思います。

 

社会に出たら実際、偏差値は全く関係ないものなので、それはまぁそういうふうに割り切るしかないと思います。

 

そもそも日本の社会や教育っていうのは、はまぁほんとに無責任で、大学入試がピークで、その後はほとんどほったらかし、と言う状態ですよね?そして就活や就職してから途方に暮れるという。

偏差値は客観的な指標として測定しやすく、明確な目標にしやすい

偏差値市場主義というと、反発する人もいるかもしれませんが、「頑張れば上がっていくもの」なので、分かりやすい明確な目標として、子供が頑張れる基準ツールとしては良いものなのかもしれません。

 

逆にコミニュケーション能力とか団体スポーツのようなものって、まぁ自分からも他人からも、完全に客観的な評価というのは難しいものです。「これだけ頑張ったからこれだけ成果が出た」ということを実感や測定しにくい、と言うのはあると思います。

 

そういう意味では「小さな成功体験を積み重ねれば、何かができる」って言う体感をしてもらえるのはいい方法かなと思います。自分で頑張る習慣付けになりますよね。

大学がブレると、子供たちもブレる

大学が変に媚を売らずに、偏差値や、しっかりした学力・思考力を問う入試でいくなら、逆に「偏差値で無理だなと判断したら他のところで頑張る」って言うのを見極めることができる人は早めに別の方策や生き方を考える事ができます。
また、例えば、「運動は苦手でめちゃめちゃ社交的だとか言うのではない、とにかく黙々と勉強がんばるしかない」と言う子供にとっては、そういう地味な子供が輝けるパートとして、偏差値という場所もあってもいいのかなと言うことです。

子供部屋を与えるべきか?リビングで勉強させるか?

思春期になると自立心を育てるために子供部屋を与えるべきかどうか?と言う問題です。

 

「子供が自分の部屋にこもってしまうと、子供が何をやってるのかわからないので不安」と言う事はありますよね。

「リビングで勉強」の良し悪し

今は「リビングで勉強するのがいい」と言われていて、佐藤ママの自宅では、子供部屋はなく、リビングにそのまま続いて、そこに子供用の勉強机が三つ並んでいると言う状態です。

 

リビングにテレビもないので「日常の生活中に勉強がある」というふうな形がしっかりできています。

 

確かに、「子供部屋にわざわざ勉強しに行く」っていう感じになると、ちょっと違ってしまうかもしれないので、ここはやっぱり昔から議論があるところで、簡単では無いですよね?

子供部屋を現実的に用意できるか?

現実的に、日本では子供一人ひとりに子供部屋を与えるってなると、かなり大きな家に住まないといけないですし、家を買うときに、子供の人数が必ずしもわかってないですよね。

 

また、子供部屋、勉強部屋を与えてもらっても、逆に「静かすぎて、集中できない」と言うお子さんもいらっしゃいます。実際の入試や資格試験などは大きな部屋で大人数で受けますので、シーンとしてるといっても、それなりに物音はしますので、「まったく静かな一人だけの個室」というのは、かなり特殊な環境なのです。

静か過ぎて集中できない子供もいる

ここは子供さんの性格とゆうか、持って生まれた性質が2種類あるんですよね。

  • 「ちょっとガチャガチャした音が聞こえている方が集中できる」と言うお子さんと、
  • 「ちょっとでも雑音があると集中が途切れてしまう」というお子さん

という二種類が必ずいます。これはいい悪いではなく、「違い」。

 

なので、勉強する場所や子供部屋の問題を画一的に決めてしまうのは結構危険です。

子供部屋が自立心を育てる

「親と子供を離す、離れた時間や空間を作ると言うことでの子供が健全に自立する」という効果は確かにあると思います。

 

佐藤ママの家では、

18歳になったら子供は大学で一人暮らししますが、それまでは全く1人部屋と言うのは与えなかった

と言うことです。

 

勉強するかしないかは別にして(汗)、自分の空間を責任を持って掃除したり、片付けたりといったことで、自立心や自覚を持てると言う効果もあると思います。

子供を大事に思う親の気持ちは同じ

やっぱり子供を大事にすると言う親の心、気持ちと言うのはやっぱり変わらないですよね。

 

その中でも「どういう子育て、教育方法がいいか」と言うのは、方法論なのでしかないので、いくつもアプローチがあると思いますし、実際の家庭環境や周辺の環境、そして何よりもお子さんの性格などもあると思います。

 

子供ファースト、お子さんファーストで良い環境を作ってあげたいなと思います。

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